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東京地方裁判所 昭和48年(借チ)1066号 決定

申立人

吉田実

右代理人

池田淳

外一名

相手方

杉田兼吉

右代理人

田坂幹守

主文

本件申立を棄却する。

理由

(申立の要旨)

一、申立人は、昭和三七年一二月七日、相手方から同人所有の別紙目録第一(一)記載の土地(以下本件土地という。)を堅固な建物所有の目的のもとに存続期間を契約の日から六〇年と定めて賃借した。申立人は、本件土地に隣接して同目録第一(二)記載の土地を所有し、本件土地と右隣接地に跨つて、同目録第二(一)記載の建物を所有している。なお、本件土地と右隣接地に跨つて、同目録第二(二)記載の建物が存在し、この建物の所有者は、有限会社ヨシダ理容室である。

二、申立人は、別紙目録第一(一)記載の建物の内外を改修して鉄骨及び木造鋼板葺二階建店舗兼居宅一階62.8平方メートル二階62.8平方メートルの建物を建築することを予定し、相手方と協議したが、相手方は、本件賃貸借に増改築を制限する旨の特約がないにもかかわらず、これを承諾しない。

三、よつて、申立人は、別紙目録第一(一)記載の建物を改修して、前記の建物を建築することにつき、相手方の承諾に代わる許可の裁判を得るため、本件申立に及ぶ。

(申立の当否)

一本件記録に現われた資料(以下本件資料という。)によれば、申立人は、昭和三七年一二月六日、相手方から同人所有の本件土地を堅固な建物を所有する目的のもとに存続期間を契約の日から六〇年と定めて賃借したことが認められる。申立人は、右契約成立の日が同月七日である旨主張するが、甲第一号証および昭和四九年四月二六日付申立代理人作成の準備書面に照らして右主張は採用することができない。相手方は、本件賃貸借の目的が木造その他堅固でない建物を所有する目的である旨主張するが、右主張を肯認しうべき資料はない。

二相手方は、申立人が賃料を支払わなかつたので、無催告解除の特約に基づき、本件賃貸借を解除した旨主張する。右主張の当否については、申立人と相手方との間でこれを争点とする通常の民事訴訟が別に係属しているので、ここでは判断を省略する。

三申立人は、本件賃貸借に増改築を制限する旨の特約がないと主張し、相手方は右の特約があると主張する。そして、本件資料によれば、右特約は存在しないこと明白である。当裁判所は、このような場合には、借地法八条ノ二第二項所定の「増改築ヲ制限スル旨ノ借地条件ガ存スル場合ニ於テ」という要件を欠くものとして、申立を棄却すべきものと判断する。すなわち、増改築を制限する旨の借地条件が存しない場合には、借地人は他の借地条件に反しないかぎり、土地所有者または賃貸人の承諾を得ることなく、地上建物の増改築をなしうるのであり、したがつて、これらの者の承諾に代わる裁判所の許可を得る必要もない道理である。このような場合に、他の借地条件(たとえば、借地の用法、賃料など)や借地権の存否に関する紛争は、別途の方法によつて解決されるべきであつて、借地法八条ノ二第二項所定の申立に対する裁判によつて解決されることを本来の趣旨とするものではない。

増改築を制限する旨の借地条件の存否に関する紛争は、同条項所定の申立によつて解決されるのが望ましいとする見解があるが、その存否に関する裁判所の判断はもともと右申立に対する裁判の理由中で示されるべき事項であるから、その故に、右の借地条件の不存在を理由に申立棄却の裁判が許されなくなるものではない。また、同条項中の「増改築ヲ制限スル旨ノ借地条件ガ存スル場合ニ於テ」とある規定は、申立の利益がある場合の典型を例示したにすぎないとする見解もあるが、右規定の有無にかかわらず、申立の利益があることは必要なのであるから、右見解は右規定を空文化するにひとしいものである。右規定は、前記の借地条件につき、当該具体的な増改築の場合に限つて、当事者をその拘束から脱却させるという新たな法律関係を形成するため、または、当事者がその拘束を受けないという法律関係を認めるための前提要件と解するのが相当である。したがつて、右見解を採用することはできない。更に、右の借地条件の不存在につき当事者間に争がない場合には、同条項の申立は却下すべきであるが、右借地条件の存否につき争がある場合には、たとえ右借地条件の存在を認めがたいときでも、その不存在の故に申立を却下することができないとする見解もある。しかし、この見解も、前記の規定を申立の利益がある場合の例示と解することを前提とするものというべきであるから(なお、仮にこの前提をとるとすれば、増改築を制限する旨の借地条件の不存在が当事者間に争がない場合であつても、借地権の存否、他の借地条件の内容、建築関係法規、相隣関係などとの関係から増改築の当否をめぐつて紛争の生ずるおそれがあり、その予防または調整をする利益の存する場合もあるから、増改築を制限する旨の借地条件の存否につき争がある場合にのみ申立の利益を認めるとする右見解には、彼此の間に矛盾があることになる。)、また、採用することができない。

要するに、前記の規定は、借地法八条条ノ二第二項所定の申立を認容するための要件であつて、右要件を欠くかぎり、右申立は棄却を免れない。

四よつて、他の点に関する判断を省略して、本件申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。 (柳川俊一)

目録、図面〈省略〉

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